昨日の続きです。
メキシコのチェチェンイッツァ遺跡。
2015年8月、一千年ほど前に建設されたという神殿カスティーヨの下に、陥没した穴が発見されました。
調査をすると、ピラミッドの内部が三層構造になっていることが判明したのでした。
それはまるで、富士山が4層構造になっているかのように積み上がって現在の形になっているのでした。
ピラミッドは、時代の権力者が変わると建て替えられていたのでしょうか。
しかし、場所やデザイン、建設方法を変えることなく、何千年も前のやり方を手本にして、それを何度も何度も繰り返し継承しているのが不思議です。
さらに謎なのは、ピラミッドの中に別のピラミッドがあるという構造は、メキシコシティから少し離れた所にある世界最大級のピラミッドであるチョルラの大ピラミッドや、エジプトのサッカラにあるジョセル王の階段ピラミッドにも見られるのです。
丘にしか見えないチョルラの大ピラミッド⬇︎
「チョルラの大ピラミッド」は、450万万立方メートルの超巨大なピラミッドと見られており、丘が全てピラミッドだとすると、ギザの大ピラミッドをはるかに超える大きさになります。
誰がピラミッドを建てたのかは未だ謎とされています。
このピラミッドは、少なくとも6つの建物が重なって出来ている事が分かっています。
エジプトの階段ピラミッド⬇︎
初期王朝ジョセル王は、マスタバの上にマスタバを重ね、6層重ねた結果、階段状のピラミッドの形になりました。
古代の人々はどういうわけか、古い建造物を何度も何度も建て直していました。
その理由として、そこが非常に重要な位置なのであり、その場所に特別な何かがあったのだとは考えられないでしょうか。
この場所には紀元前10世紀頃、ソロモン王によりエルサレム神殿(第一神殿)が建てられました。
しかし、紀元前587年、バビロニアにより神殿は破壊されます。
その後、紀元前515年に第二神殿が再建されますが、西暦70年に今度はローマ帝国により再び神殿は破壊されます。
そしてイスラム教王朝の時代に、残されたエルサレム神殿の石壁の上に更に石垣を築きその上に岩のドームなどが築かれました。
現在も残るエルサレム神殿の外壁は、ユダヤ教の聖地嘆きの壁となっています。
この場所は、非常に古い時代からずっとずっと人々の聖地なのです。
イスラエルに隣接しているレバノン共和国には、バールベック神殿があります。
ヘリオポリス(太陽の都市)と呼ばれていた聖地にローマ帝国が来て、違う建物の基礎の上に神殿を建てたのです。
「トリリトン」(驚異の三石)⬇︎と呼ばれる三つの組み石は、ジュピター神殿の土台に使われています。
この長方形の石の長さは、約18メートル、高さと幅は約4メートル、重さは650トン~970トンもあり、建築物に使われた切石としては世界最大とされています。
また、建築に使われなかった切石が、ジュピター神殿から南西に約1キロ離れた場所に存在しています。
石の真ん中に人が寝転がっています。
この切石の大きさは、長さが約21.5メートル、高さ4.2メートル、幅4.8メートル、重さはなんと2000トンです。
このような巨大な古代遺跡の上に、後世の人は別の建造物を建ててしまっているのです。
その場所自体が何らかのパワーを持っているからこそ、特定の宗教にとどまらず、長い間複数の宗教の聖地として使われて来たのではないでしょうか。
これらの神殿や遺跡は適当にその場所に建てたのではなく、ちゃんと目的があってその地に置かれたように思えます。
その場所に存在することに意味があったから。
そこが地球にとってのツボであり、エネルギーが噴出している場合だから。
それを、古代の人々はちゃんと分かっていたのです。
<続く>